「死ぬ」ということ
「死ぬ」ということ。
親父が最後に残した教えは
「死ぬ」ということなのかな?
お爺ちゃんが死んだ時、
親父がどう受け止めたのか聞いてみたくなった。
一週間が経ったけど、まだなんだか良く分からない。
とりあえず、親父の写真を格好良く部屋に飾りたくなった。
でも親の写真を飾るなんて、初めてのことだよ。
「死ぬ」ということ。
親父が最後に残した教えは
「死ぬ」ということなのかな?
お爺ちゃんが死んだ時、
親父がどう受け止めたのか聞いてみたくなった。
一週間が経ったけど、まだなんだか良く分からない。
とりあえず、親父の写真を格好良く部屋に飾りたくなった。
でも親の写真を飾るなんて、初めてのことだよ。
「また来るわ。」
って俺がベッドの脇に立って、ちょっとかがみながら言ったら
「ん?(お前は)忙しいんだから、そんなに何回も来なくていいよ…。」
って親父はちょっと顔にシワを寄せて返事をした。
忙しくなんかねぇーよ。
19日日曜日、これが俺が憶えているとりあえず“最後”の会話。
今際の際なんてものは無かった。
もう、白い布がかぶさってた。
21日火曜日のお昼、容態が急変してそのまま逝ってしまったよ。
霊安室になんか連れていくなよ!
こんなのまるでイメージしていなかった。
同じテーブルで一緒に飯を食ったのはいつだったっけか?
忘れちゃったよ。
俺結局、何にもしてあがられなかったね…。
苦しかったのか?
「おーい親父!聞こえてるかー!」
堪えたけど駄目だったな。
涙が出ちゃったよ、まったく。
まだ早いっつーの。
「おー、悪かったなぁ…。」
「こんな体になっちゃってよ…。」
親父の大学時代の親友2人が見舞いに来たとき、親父がそう言った。
どうやら親父は2人に「4月には元気になるから、そしたら会おう」と手紙を出していたらしい。
でも、そのようには成らなかったから、親父はずっと連絡を取ろうとしなかった。
「ほらほら、またさぁ元気になって呑みに行こうよ!」
2人は親父の痩せた手を片方ずつ握ってそう返事をしてた。
「長居をすると疲れちゃうから、俺らはもう行くよ。また来るよ。」
ほんの10分程度の会話で2人は帰って行った。
親友2人には母ちゃんがこっそりと連絡を取り、
偶然を装って来ていただくように手配していた。
でもね、親父はすぐ感づいたと思う、母ちゃんが呼んでくれたんだってね。
2人が帰った後、親父はか細い声で母ちゃんに言ってたよ。
「もう会えないと思っていたから…、嬉しかったよ。」ってさ。
ちくしょ…。
今日はそんな父の日だった。
被災地を見るという事が、どれだけ意味のあることなのか?
「馬鹿な野次馬が渋滞を巻き起こしてる!」、
「興味本意で被災地を回ってる奴の気が知れない!」など
一部ネットでも見かけました。
それでも東北に向かいました。
物資を運ぶわけでも、ボランティアとして協力するわけでもなく、
ただ自分の目で見るために。
それが本音です。
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「ゴンゾー:ハンター・S・トンプソンの生涯と仕事」
ハンター・S・トンプソンのことは、良く知らなかった。
人生ロックンロールだ。こういう生き方に憧れていたんだった。
何事にも体当たり、殴られたって構わない。
もう一度『ラスベガスをやっつけろ』を見なきゃね。
金沢に行きたい。
今回の3連休、このタイミングしかない!と思い
計画を練り始めたのは出発の2日程前。
既に電車、飛行機、高速バスは満席。
それでも電車は何とかなりそうだったので、
発着の時間調整とか自由席とかグリーン席とか駆使して
小田原ー米原ー金沢コースのチケットが取れた。
もちろん電車賃は割高で出費は激しくなった。
ここまでして金沢に行きたかった理由は
金沢21世紀美術館で開催中の
「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」展を見たかったからだ。
美術館での個展は今回が初という。
ひと通り作品を見終わって思った。
高い交通費をかけて金沢までやって来たけど、十分元は取れたなぁと。
でもまぁそう言いつつも、
「あれは結局どういうことなのだろう?」と
モヤモヤしていることも、まだまだたくさんある。
直ぐさま「面白い!」という感じではない。
写真表現への疑問。写真とはそもそも何なんだろう?
というような問いがグルグルしていたように感じた。
2日目はここらのローカル線に乗りたくて
金沢から鈍行で約2時間の氷見(ひみ)まで行くことにした。
ローカル線は最高の旅気分を味わわせてくれる。
氷見では観光というよりも散歩という感じで、
ゆるーく街をブラブラした。
それから小さい地元の食堂で、氷見うどんと寒ブリをかっくらう。
そうこうしているうちに雪が強くなってきたので、
またローカル線で金沢まで戻ってきた。
金沢っていいところだなぁ。
氷見線の車窓から日本海を眺める。