「死ぬ」ということ

blah, blah — on 6. 29. 2011 at 1:06 am

「死ぬ」ということ。

親父が最後に残した教えは
「死ぬ」ということなのかな?

お爺ちゃんが死んだ時、
親父がどう受け止めたのか聞いてみたくなった。

一週間が経ったけど、まだなんだか良く分からない。

とりあえず、親父の写真を格好良く部屋に飾りたくなった。
でも親の写真を飾るなんて、初めてのことだよ。

6月21日

blah, blah — on 6. 24. 2011 at 10:19 pm

「また来るわ。」
って俺がベッドの脇に立って、ちょっとかがみながら言ったら

「ん?(お前は)忙しいんだから、そんなに何回も来なくていいよ…。」
って親父はちょっと顔にシワを寄せて返事をした。

忙しくなんかねぇーよ。
19日日曜日、これが俺が憶えているとりあえず“最後”の会話。

今際の際なんてものは無かった。
もう、白い布がかぶさってた。
21日火曜日のお昼、容態が急変してそのまま逝ってしまったよ。

霊安室になんか連れていくなよ!
こんなのまるでイメージしていなかった。
同じテーブルで一緒に飯を食ったのはいつだったっけか?
忘れちゃったよ。

俺結局、何にもしてあがられなかったね…。
苦しかったのか?

「おーい親父!聞こえてるかー!」

親友と親父

Photograph, blah, blah — on 6. 20. 2011 at 1:16 am

堪えたけど駄目だったな。
涙が出ちゃったよ、まったく。
まだ早いっつーの。

「おー、悪かったなぁ…。」
「こんな体になっちゃってよ…。」

親父の大学時代の親友2人が見舞いに来たとき、親父がそう言った。
どうやら親父は2人に「4月には元気になるから、そしたら会おう」と手紙を出していたらしい。
でも、そのようには成らなかったから、親父はずっと連絡を取ろうとしなかった。

「ほらほら、またさぁ元気になって呑みに行こうよ!」

2人は親父の痩せた手を片方ずつ握ってそう返事をしてた。

「長居をすると疲れちゃうから、俺らはもう行くよ。また来るよ。」
ほんの10分程度の会話で2人は帰って行った。

親友2人には母ちゃんがこっそりと連絡を取り、
偶然を装って来ていただくように手配していた。

でもね、親父はすぐ感づいたと思う、母ちゃんが呼んでくれたんだってね。

2人が帰った後、親父はか細い声で母ちゃんに言ってたよ。
「もう会えないと思っていたから…、嬉しかったよ。」ってさ。

ちくしょ…。
今日はそんな父の日だった。

2011.05.20-27 東北 宮城

Makina 670, Photograph, T2 — on 6. 7. 2011 at 6:50 pm

05.26 石巻市〜南三陸町 398号線 #3

今回はマイカーで東北に入った。
21、22日は石巻で災害ボランティアに参加。
その後23日から宮城各地を回った。
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