只今午前0時46分、吐きそうでございます。
えー、ワインが食道を通って胃に落ちるやいなや、吐き気がカムバックでナイスリアクションです。
本日は朝からぶっ続けの雨でお寒ぅーございましたが、皆様“はんなり”やってらっしゃいますでしょうか?
いらっしゃいませぇ〜。
ワタシ、最近の夜更かしが効いて、見事に朝が起きれなくなってきて、
毎日の日課であった朝の連ドラ「カーネーション」が
昼の「カーネーション」に移行中という体たらくでございます。
はい、昨日も少し触れましたが、電通の「オタク研究所」。
所長は宅八郎氏に決まったのでしょうか?
彼以外考えられませんので、決まりですよね?じゃなきゃ、電通ちょっとヤバいですな。
何てったって、テレビメディアの歴史を踏まえれば、彼はオタクのパイオニアでしょ?
オタクに文化のカケラも無く、今のように手厚い市民権など絶無だったあの時代の
ある種のアナーキストでしたよ、彼は(宮﨑勤はベクトルが違いすぎるので保留)。
まぁ当時、彼もメディアも完全にねじ曲がっていましたが。
要するにその時代は世間におけるオタクの受け皿がまったく無かったので、
今まで変わり者と呼ばれてた人が、”オタク”っていう流行語で一括りで呼ばれるようになって、
中高生社会ではもってこいの冷やかし/侮辱ワードでグン抜きトップなった訳です。
やっべ、止まらねぇ。しかも全然オチが見えねぇ。
このまま書き続けたら、話は恐らくオタクとはどんどん離れて関係なくなり、迷子だ。
やばいかも知んない。どうしよう…。
ワタシの中高はバンドブーム全盛期で猫もしゃくしもBOØWY一色になりましたが、
ワタシのヒーローはバンドブームとは真逆のピンの歌い手、長渕剛でした。
音楽好きお洒落さんやヤンキー共はこぞってバンドを組み、
エレキギターをぶら下げて仲間内でキャッキャしていましたが、
同時期ワタシは、フォークギターに首からハーモニカという、ひと世代前のフォーク全盛期スタイルで、
ひとり黙々と壁に向かって自我を放出発散していました。
そりゃもう、すっかり変わり者扱いで冷やかしの的でしたね。
もちろん女子にはまったく相手にされませんでした。
が、自分でも「あれ?俺って、皆とは別なものにハマってるぞ。」っていう認識はあったので、
回りの詮無い態度もそれほど気にならず、それどころかそんな彼らの視線がある種の
”燃え”のポイント(”萌え”ではありません、あしからず)で、
ある種のアナーキー感に酔っていたんだと、今振り返るとそう思います。
人と違うってことが、自分のアイデンティティーだった訳ですね。
いやぁしかし、いまの自分があんな冷えた視線ばかりの鉄火場に放り込まれたら、
即下痢頭痛で完全アウトでしょうなぁ。
とは言え、既にその当時、ワタシは長渕を完コピしてたし、
BOØWYなんかも多少弾いちゃったりしたので、
少数でしたが一目おいてくれたヤンキーもいたっちゅーのは、救いでした。
あーだめだ、なんつーか野暮になってきた。
ダメだ、終わりにしよう。
要するに”オタク”は消費されてしまった訳ですな。
現代においてオタクはアナーキーではなくなったっちゅーことです。
そろそろ誰かが「オタク is dead!」とかTシャツを作って表通りを歩き始めますよ。
ひと回りしたっつーことですわ。また新しい何かが出てくる前兆な訳です。
ロック史で言うところの「ロックからグラムロックへ」「グラムロックからパンクへ」と変異したように。
なにを書いているのか分からなくなってきましたが、夜陰に乗じて昔話を少々書いてみました。
午前2時28分です。
それでは、「さよなら、宅八郎!」と言うことで、
ここまで付き合ってくれたアナタだけ、おやすみなさい、そして、お早うございます。
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